目を開く(まぶたを持ち上げる)筋肉があれば、目を閉じる筋肉があります。
それが「眼輪筋(がんりんきん)」
まぶたのメインの筋肉なのです。眼瞼挙筋はまぶたというよりは眼窩内の筋肉。
目を閉じること(閉瞼(へいけん))は、
まぶたの役割としてもっとも優先されるべき機能です。
露出した眼球を守るためです。もしまぶたがなかったら眼球は損傷して失明します。
今回はそんな大事な役割をする眼輪筋の姿を追っていきます。
Orbicularis Oculi muscle:オルビキュラリス オキュライ マッスル。orbicは円、oculi(oculus)は目ですね。
眼輪筋の解剖
まぶた周りにシート状に渦を巻くように輪状に存在します。皮膚のすぐ下そして、骨にへばりついています。
みっつのパーツに分けられます。
瞼板前部:まぶたのキワ(まつげのそば)
隔膜前部:いわゆるまぶたエリア
眼窩部:眉やこめかみなど眼窩の外のエリア
眉を触ってみてください。その下にも眼輪筋がいます。目尻のシワ部分の真下にも眼輪筋がいます。結構広いですよ。
眼輪筋の仕事
主たる仕事は目を閉じて目を保護することです。筋肉の収縮で上まぶたを下に、下まぶたを上に移動させます。同時に内側(鼻側)へと引っ張ります。
瞼板前部はまばたきを担います。一日に2万回収縮弛緩を繰り返します。
眼窩部は眉を引き下げるなどまぶたをギュッと絞りこむ動作(表情)をします。
それ以外には、
まぶたを眼球に押し付ける仕事をします。まぶたが眼球を押すんです(眼瞼圧)。眼輪筋が麻痺すると、まぶたと眼球の間に隙間ができて浮いてしまうのです。
自然なまばたきは目の表面を涙液でコーティングします。下まぶたの縁(メニスカス)に蓄えた涙を塗り拡げます。ヘラで塗料を塗り拡げるイメージ。
神経生理学
脳神経7番目の顔面神経支配。
顔面神経は表情筋を支配。「閉じて身を守るための神経」といわれます。
ものにぶつかりそうになるとき、強い光を感じるとき、表情筋はマックスで収縮しますね。物理的に身を守るアクションです。
一方、精神的にストレスを感じるときも険しい顔になります。外部の情報を遮りたいという心理が働くのでしょう。
眼瞼挙筋が収縮するときは眼輪筋は弛緩します。あうんの呼吸で交互に収縮します。
一方、目を細める動作をするときは眼瞼挙筋と眼輪筋が同時に収縮します。綱引き関係ですね。
目元の三叉神経(感覚神経)が刺激されると反射的に眼輪筋が収縮します。まつげにほこりがふわっと乗るだけでも目を閉じます。とっさに目を守るための動作ですね。
協調運動:拮抗関係、共同関係
前頭筋、眼瞼挙筋は眼輪筋の反対の役割(拮抗)。眼輪筋が収縮するときは緩みます。
一方、皺鼻筋、眉毛下制筋、鼻根筋は共同的。同時に収縮する傾向があります。
眼輪筋の仕事による見た目への影響
目尻の皮膚がかぶさります。目尻のシワが現れます。
眉が下がります。共同的にはたらく皺鼻筋と鼻根筋の影響で眉間ジワ、鼻根部の横皺が現れます。
下まぶた眼輪筋隔膜部の収縮と瞼板部の弛緩により涙袋が現れます(とされています)。
眼輪筋のトラブル
病気、加齢などで眼輪筋のエラーが生じます。
麻痺、筋力低下
神経系の疾患などで眼輪筋麻痺に。目を閉じることが困難に。
まぶたが目玉から浮いてしまいます。眼球が乾きやすくなり、目の表面に傷ができます。
過緊張
まぶたが重くなります。
眼瞼圧が高まり、眼球が強く圧迫されます。まばたきで涙液が削がれ(ワイパー効果)、ドライアイに。
眉が上がらず、険しい顔付きになります。
まぶたの手術後に眼輪筋の過緊張が生まれることがあります。手術侵襲のストレスによる過敏状態が引き金に。
もしくは眼瞼下垂手術で眼瞼挙筋の前転を強くしすぎると眼輪筋の緊張が強くなります。これはまぶたが「目を守りたい」という反応を起こしていると予想されます。
関連記事:『眼瞼下垂手術でパッチリ大きな目に仕上げない理由』
疲れたときやストレスを感じたときにまぶたがピクピク痙攣することがあります。眼瞼ミオキミアです。
開瞼失行
協調運動がうまくとれないことです。目を開くときには眼輪筋は瞬時に(速やかに!)弛緩する必要があります。絶妙なタイミングでオンオフが大脳でコントロールされています。
その協調運動にバグが生じます。目を開こうとすればするほどに眼輪筋が収縮してしまう(もしくは眼瞼挙筋が収縮しない)のです。
なお、眼瞼挙筋と眼輪筋のパワーの差は歴然。眼輪筋のチカラが圧倒的に勝ります。
病的共同運動
表情筋の動きに連動して強制的に収縮させられます。
例えば口を動かすと、同時にまぶたが閉じてしまいます。
過去にまぶた周りの怪我をしたことのある人や顔面神経麻痺後に人にも見られます。神経が再生するプロセスでおこる過誤支配(配線ミス)です。
関連記事:『【顔面神経麻痺後遺症】顔面拘縮(こわばり)で目が小さくなることに対する治療』
臨床メモ
眼瞼下垂診療をしていて最も厄介な存在が「眼輪筋」であると常日頃思っています。
眼輪筋のチカラを手術的にコントロールできないものかと画策しますがなかなか難しい。本当に難しい。むしろ眼輪筋への過度の侵襲は避けるべきなのではとすら思えてきます。現状ボツリヌス毒素注射くらい…しか手段がありません。
眼輪筋のトラブルの多くは上流(脳のレベル)で起きています。末端でコントロールしようとする発想が無理があるのでしょう。
末端で起こる過誤支配(配線ミス)も厄介。以前眉の怪我がきっかけで前頭筋と眼輪筋の病的共同運動(まばたきと同時におでこが動く)がでた女児がいました。この観点からも眉下切開の際の眼輪筋切除は注意が必要であると考えています。