「眼瞼下垂手術の固定の糸は溶ける糸ですか?」
よく聞かれる質問のひとつ。
眼瞼下垂症手術の際、挙筋腱膜を瞼板へ連結固定するために使用する糸のことですね。
挙筋と瞼板とが連結され、挙筋の牽引力がまぶたのふちに伝わります。その結果、まぶたが持ち上がるようになります。
二つのパーツを繋ぐボルトやネジのイメージです。この素材が溶けるものか、半永久的に体内に残るのか?という問いです。

2026年現在、私は主にEthicon社のプロリーンという商品を用いています。これは分解されず、吸収されません。つまり体内に残るものになります。
ちなみに私の周囲の外科医たち、8割くらいは溶けない糸を用いています(つまり一部は溶ける糸を使っている)。(私調べ)
溶けない糸はサポート力が長続きしそうです。一方、溶ける糸は吸収されるから遺物を残さないという安心感があります。
溶けない糸のメリット
私が考える一番の利点はこれ、再手術を念頭に入れることです。手術の足跡になるから。
20年後に再手術をするときの足がかりになるのです。その分、再手術の際の外科医の(そして患者さんの)負担が減ります。20年前にまぶた手術の経験がある患者さんを手術すると、そのときの糸が出てきます。 「ああ、ここまで剥離したんだな」「逆さまつげも矯正したんだな」「外側もきちんと留めて結んでいるの垂れ目になったということは、外側が上がりにくい人なんだな」にとわかるのです。
ある意味昔の外科医が残すセージです。だから私も残る糸を使います。自分がまた担当するかもしれないし、自分ではない未来の別の医師が担当するかもしれない。そういう前提です。
私は青い色の糸を用いています。だからすぐに見つかるのです。再手術は難しいものですが、この意図が正しいルートをガイドしてくれるのです。
異物として悪さすることはないのか?
血管吻合に使われる糸です。永久的に体内に残しても、人体への悪影響はないことが長年の実績から示されています。
とはいえ、物理的にその存在が目立つことがあります。まぶたの皮膚の上から透けて見えることも。あるいは眼輪筋と引っかかって癒着を起こすこともあります。
しかしながら、このデメリットを大きく上回るメリットがあるわけですね。メッセージという。
ポリプロピレン
Ethicon社のプロリーンの素材はポリプロピレン。
この糸の特徴は以下です。
- 青い
- しなやかで弾力性がある
- 結んだ”結び目”がほどけにくい
- 組織の炎症を起こしにくい
再手術、修正手術の際にこの糸を観察すると、
- 青い
- 結節(結び目)がほどけていない
- 周囲の組織の炎症を伴っておらず糸の周りに瘢痕が無い
ことが確認できます。
私がこれを好む理由に、適切な緩さで結び目を作ることができることが挙げられます。新聞紙や雑誌をビニール紐でまとめるシーンを想像してください。隙間なく締め込むこともできますが、時に指が3本入る緩さで結びたいこともある。
結び目が宙に浮いた状態でカチッと固定できる、そういうイメージです。挙筋腱膜と瞼板との間にバッファー(緩衝)を設けたいんですよね。これは私のこだわりです。
ちなみに他院修正の手術でも同様の糸が見つかるので、この縫合糸を使用する形成外科医が多いのでしょう。
溶ける糸は危険?
溶ける糸は1ヶ月程度で半分以下に強度が落ちてしまいます。すると固定が緩んで腱膜と瞼板が再び外れてしまうのではという懸念が生まれます。
しかしながら、溶けて吸収される糸を用いる外科医も実際にいます。彼らは瞼板前と挙筋腱膜の間をしっかり剥離し、再接着(瘢痕癒着)させるのだと思います。だから心配ないのでしょう。
一方、わたしの手技では瞼板前組織も極力温存している(自然な重瞼線をつくる)ため、瞼板と腱膜がしっかり固く癒着していません。そのために数カ月は糸によるサポートが必要と考えています。
とはいえ、数年経過してもその糸の張力が機能しているか?と言われると「機能している」とは思っていません…
糸によってしっかりマブタが挙がるようになると、年月の経過とともに、まぶたの組織がそれに合わせてリモデリング(再構築)されて糸の張力への依存が小さくなる、と私は考えています。
追記
再手術の際に、古い糸を無理に追いかけて摘出することはしません。なぜならば残しておいても害は無く、摘出するために組織を切ったり穴を開けることの方が侵襲が大きいと考えるからです。

