「口の運動(咀嚼運動)に連動してまぶたが上がり下がりする」
「ミルクを飲むときに目が大きくなったり小さくなったりする」
生まれつきの症候。眼瞼下垂を合併します。
Marcus Gunn現象とは
スコットランドの眼科医Dr. Robert Marcus Gunnが1883年に報告しました。様々な呼び名があります。
- マーカスガン症候群
- マーカスガンジョーウィンキング症候群
- マーカスガン現象、マーカスガンジョーウィンキング現象
- マーカスガン眼瞼下垂
- マーカスガンジョーウィンキング三叉神経動眼神経病的共同運動
- 顎眼瞼共同運動
- 翼突筋挙筋共同運動
- Marcus Gunn Syndrome
- Marcus Gunn
顎の動きに合わせてまぶたが動きます。共同運動とは複数の筋肉が同時に収縮すること。つまり顎の動き(外側翼突筋、内側翼突筋の収縮)に合わせて眼瞼挙筋が収縮(まぶたが挙上)するのです。
顎の筋肉を動かす運動神経(三叉神経)の枝があやまって眼瞼挙筋に到達してしまうのが原因とされています。眼瞼挙筋が動きにくいから三叉神経が応援しようとして枝が伸びてくるのでしょうか(憶測です)。
先天性眼瞼下垂患者さんの8.5%に生じるとの報告。
片側に生じるがまれに両側性も。家族性なし。
日本形成外科学会ガイドラインでは以下のように解説しています。
眼瞼挙筋を支配する動眼神経と外側翼突筋を支配する三叉神経第3枝の運動枝との間の異常共同運動で、Jaw-winking syndromeとも呼ばれる。口を開ける、噛む、吸う、または顎を外側へ動かすなどした時に、上眼瞼が同時に挙上する異常である。
さまざまな組み合わせがあります。下垂側のまぶたが挙上されることによって、反対側が下がるシーソー現象(ヘリングの法則)も観察されることがあります。
極めてまれに、顎の動きに合わせてまぶたが閉じてしまう「逆マーカスガン現象」もあります。
医学的なフォロー
弱視など視機能の発達に影響がなければ経過観察。これは先天性眼瞼下垂と同じです。
まずは眼科で相談してください。
整容性の面で、ある程度の年齢になったら手術を考慮されます。
手術法
手術が必要となった場合は先天性眼瞼下垂の術式に準じます。
- 挙筋前転法
- 前頭筋吊り上げ術(筋膜移植、人工物)
ただしいずれの術式も限界があります。
挙筋前転法
挙筋前転法は挙筋の動きに依存します。まったく動いていなければ効果は得られません。動いていても効果は限定的です。
前頭筋吊り上げ術
挙筋の切り離し(切除)が併用されます。これは顎の動きとの連動を弱めるため。
吊り上げ術特有の仕上がりになります。目の閉じにくさ、まばたきが不自然、下を見たときの上三白眼など。機能的な評価では乾燥による角膜障害が懸念されます。Bell現象(閉瞼時に眼球が上を向く)も要チェック。
第三者視点では「不自然なまぶたの動き」が特徴。この点が私金沢がこの術式を適用するのを躊躇する理由です。
先天性眼瞼下垂症せんてんせいがんけんかすいしょう。「先天性」とは「生まれつき」という意味。まぶたを引っ張り持ち上げる眼瞼挙筋が動かないことが原因。一般的に行われる眼瞼下垂手術では眼瞼挙筋がんけんきょきんを利用します。[…]
日本形成外科学会ガイドラインには手術法は有効(グレードC1)であると記されています。
異常共同運動が中等度以下である場合、通常の先天性眼瞼下垂症の治療に準じた手術が推奨されるが、異常共同運動が高度である場合、挙筋切除と筋膜移植による吊り上げ術の併用を第一選択とする報告が多い。
実際のモデルケース
「子供の頃からコンプレックスだったからなんとかしたい」という患者さんの思いと、手術にあまり前向きでない私との衝突でした。
手術治療の限界を知っている私。前頭筋吊り上げ術(筋膜移植)の術後の不自然さは私的にはまだまだ受け入れられません。
まずは挙筋前転法を提案しました。無効だったら筋膜移植を一緒に検討しましょうとお話し、実行しました。
しかし残念ながら効果はほとんど得られませんでした。(手術所見でも眼瞼挙筋は存在し、かつ動きもあるのですが意図したように動いてくれません。)
こちらとしては本当に申し訳ない気持ちです。
となるとこのまま諦めて共存するか、あるいは次のステージへ挑戦か。気持ちの冷却期間をおいていただくことといたしました。
しばらく間を空けて再び来院された患者さん。決意を固めておられました。
左大腿から筋膜採取、一度切開した瞼を開き、筋膜を移植(挙筋の離断)しました。
術後半年、まずまずの開きが得られました。当然目の閉じにくさは表れています。
ご本人は「子供の頃からコンプレックスだったので挑戦したよかった」とのことでした。
遠回りしてしまいましたが、「これでよかったかもしれない」という気持ちもあります。100点満点には程遠い術式。この事実を受け入れるにはステップを踏むことが必要かもしれないからです。
遠回りといえば経過も長かったです。筋膜移植をして1ヶ月経過しても仕上がりは低矯正。正直このときは心配しました。
結果的にはこの後も変化し、最終的に過矯正(主観ですが)ともいっていいくらいの仕上がりに。
ともあれご本人には苦労をかけてしまいました。もっとよい術式が生まれることを祈ります。
※筋膜移植手術では、移植後に「筋膜の短縮がおこること(通常は1ヶ月程度)」を想定してゆるく仕上げます。
手術治療に必要な心構え
実はこの治療、患者さんと担当医師(もしくは医療機関)との信頼関係の構築が必須。はじめて来院した患者さんにこのような治療をいきなり提案するのは難しいと考えています。治療の限界を知り、あるいは無効に終わるシナリオ(もしくは「やらなければよかった」と後悔するシナリオ)を想定して挑むことが大事です。またもうひとつ必要なのは、うまくいかなかった時に医療の提供者を許すメンタリティです。医療者は神ではありません。ベストを尽くしますが必ずしも期待したような結果が出るわけではありません。寛大なる気持ちをもってのぞんでいただくようおねがいします。
参考
◎Senthilkumar VA, Tripathy K. Marcus Gunn Jaw Winking Syndrome. [Updated 2022 Apr 30]. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2022 Jan-. Available from: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK559058/
◎Pearce FC, McNab AA, Hardy TG. Marcus Gunn Jaw-Winking Syndrome: A Comprehensive Review and Report of Four Novel Cases. Ophthalmic Plast Reconstr Surg. 2017 Sep/Oct;33(5):325-328.