「交感神経」の話だけではない。ミュラー筋を傷つけてはいけない真の理由【癒着と血流】

ミュラー筋を傷つけないこと

「眼瞼下垂手術では、ミュラー筋は触らないで」と聞いたことがありませんか?

「交感神経が関わるから」とか、生理学的に難解な理論で説明されることもあるミュラー筋。私がミュラー筋を大事にする理由を、神経生理学とは異なる視点からお話しします。

目次

ミュラー筋はアンタッチャブル領域

ミュラー筋は聖域。傷をつけて、治らない瘢痕を作りたくない臓器。可能なら直視下に見ることも避けたい臓器。空気に触れさせたくない臓器です。

兎にも角にも、傷をつけたくない臓器。アンタッチャブル。

傷つけたくない理由

滑動性(すべり動くこと)

ミュラー筋は挙筋腱膜と結膜との間の層にいます。その狭い層の中で、挙筋腱膜とも結膜とも癒着せず、自由に収縮弛緩(伸びたり縮んだり)しています。

想像してみてください。マジシャンがトランプの束からスッと一枚だけ滑り出させるシーンを。ご飯粒がこびりつくと滑らなくなりますよね。

想像してみてください。滑りのよい引き出しを。間にものが挟まったり錆び付いたら、引き出しが引っかかりますよね。

ミュラー筋は、表裏で滑る素材(fascia:ファシア)に挟まれています。ミュラー筋の瞼板に近い部分の前面のfascia内に、Peripheral arcade呼ばれる動脈弓があり、これが蛇行しています。蛇行していることの意味とは?それはその場所が、自由に伸び縮みして、かつ滑る構造になっているということを意味します。

手術の際、腱膜の下で自由にドゥルドゥル動くミュラー筋と結膜を、すかし見ることができる人もいます。ミュラー筋は腱膜とは独立して自由に動くことができる臓器なんですね。

それがね、傷を作ると瘢痕になり、癒着を起こしてしまうのです。すると自由な動きが制限されてしまうわけ。服が雨にぬれて自分の身体にまとわりつくように、身体の動きが制限されてしまいます。

指の腱が癒着すると、関節を曲げることも伸ばすこともできなくなります。腱は腱鞘という筒のなかで自由に滑っているのです。これが傷害されると動けなくなるのです。滑る構造が何よりも大事。

no man’s landという手の外科のフレーズがあります。指の腱や神経血管が密集しており、ひとたび損傷すると修復が難しいとされるエリアです。「安易に手を出すな」という意味です。ある種の聖域ですね。

つまり、ミュラー筋も、現代のまぶた領域におけるno man’s landであろうと考えます。(将来的には克服されるかも知れません)

血流

先ほど出たPeripheral arcadeという動脈弓。この存在は、人体が、「瞼は血流障害を起こさせてはならない」という意図がそこにあります。動脈弓というのは、あるエリアに流れ込む動脈が複数あり、それらが吻合(連結)している構造になっています。そこへ流れ込む動脈一本が傷害されたとしても、もう一本からの流れで補われるというバックアップシステムなのです。例えば手にも尺骨動脈と橈骨動脈が流れ込んで動脈弓を形成します。脳は首の動脈四本が流れ込んでウィリス動脈輪(脳底の動脈)を形成します。大事な臓器だからこそ、パックアップ機能を持つのですね。

だからあの、なみなみと蛇行するPerpheral arcade(辺縁動脈弓)も潰してはならないと考えます。

まぶたの結膜の機能を温存すること

眼科の先生に言わせれば、「何をあたり前なことを」と言われてしまいそうですが、眼瞼を挙上するという目的のために、ミュラー筋と結膜とを一緒に畳み込んでたくしあげる術式(切らない眼瞼下垂)があります。当然、結膜も損傷します。

結膜自体にもWolfring腺という副涙腺があります。結膜円蓋にはKrause腺があります。眼瞼結膜(まぶたの結膜)は眼球に直接触れ、そして眼球を守っています。

まぶたの裏側は、まぶたが仕事をするための一番大事な部分だとわかりますよね。

聖域とはいえ、絶対性はない

医療行為はおしなべて、傷害性を持ちます。何かを得るために何かを犠牲にします。そのバランスで医療行為の妥当性が決められます。したがってミュラー筋に介入することが「是」とされる状況も存在するでしょう。

ミュラー筋への介入の妥当性

ではどの程度の改善が見込まれるなら、介入が許されるでしょうか。私見を述べます。

例えば、「ミュラー筋も前転しないと、眼瞼の十分な挙上が得られないケースもある」というロジックが存在します。理解できます。ですが、私はこう考えます。

「そこまでしないと開かないまぶたなら、無理に挙上するのは差し控える方が安全である」と

なぜなら、まぶたの第一の仕事(役割)は眼球を保護することだからです。スムーズに閉じられて、眼球を守ることができること。睡眠時も眼球を保護できていることが優先したい。

では、どのようなケースで介入が許されるでしょうか?私の経験では、ミュラー筋手術が行われた後で、過大開瞼(開きすぎ)になったり、まぶた内部の違和感が強くて日常生活に支障をきたしている場合です。ミュラー筋を過度な負担から解放するための手術ならば、「挑戦」はあり得るかもしれません。

参考記事

ミュラー筋とは何か?という記事

ミュラー筋と交感神経

ミュラー筋を触らない眼瞼下垂手術のコンセプト

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