片方の眼瞼下垂症手術。ヘリングの法則によるシーソー現象を予見することが大事。

こんにちは、形成外科専門医の金沢です。
「右の眼瞼下垂を修復したら左が下がった…」
まぶたを持ち上げる眼瞼挙筋は、左右が連動しています。そのメカニズムにより思いもよらないシナリオが待ち受けます。ヘリングの法則とは?
3人のモデル患者さんと一緒にみてみましょう。

ヘリングの法則とは…

元々は眼科領域の言葉です。Hering’s law.

両眼視ができるように、眼球運動(目玉の動き)を制御する『ヘリングの法則』が働いています。

視野の中で左のものに注視しようとしたら左目は外直筋が収縮し、右目は内直筋が収縮して左右共に左に眼球を向けます。

近くのものを視野の中心で捉えようとしたら共に内側を向くように眼球を向けます(寄り目)。

カメレオンとは違って、右目と左目は独立しておらず、両目が同時にひとつのものをターゲットにして追いかけるようにできています。

このように左右の眼球の運動は大脳でコントロールされているんですね。

同様のメカニズムで眼瞼挙筋も(前頭筋も)連動

たとえば右まぶたを大きく開けようとしたら同時に左も大きく開きます。大脳皮質からの収縮シグナル(まぶたを挙げろという指令)が、神経を通して右と左の両方の眼瞼挙筋に到達するのです。

両側支配といいます。例えば右の大脳からのシグナルが右左両方のまぶたに到達。同時に左の大脳からのシグナルも左右両方のまぶたに到達しています。

例えば「まばたき」を左右別々のリズムでする人はまずいませんよね。左右同時です。

ただし、左右の動きを意図的にコントロールすることも可能で、それがウインクです。たいていの日本人には苦手なアクションですけど…

眼瞼下垂になると何が起こる?

まぶたが下がる(眼瞼下垂)と、「頑張ってまぶたを持ち上げるように!」と眼瞼挙筋の収縮シグナルが大脳から多く発さられるようになります。

その結果左右両方の眼瞼挙筋に収縮シグナル(まぶたを挙げろという指令)がより多く届き、両方のまぶたをあげるチカラが強くなります。

もし片目の眼瞼下垂だったら

大脳からより多くの収縮シグナルが左右に同等に届いています。下がった方も、下がっていない方(正常に見える方)も、頑張ってまぶたを持ち上げようとしている状況。とくに利き目の眼瞼下垂の場合に多くのシグナルが発せられるとされています。文末参考(1)

片目の治療をして下垂が修復された場合に、シーソー現象が起こる

治療により、視野が広がります。その結果、”収縮シグナル”が左右同等に減るのです。「もう見えるようになったから頑張らなくていい」ということです。

その結果、反対側(治療をしていない、正常に見えた方)のまぶたが下がるのです。

反対側にも潜在的に眼瞼下垂症があり、”収縮シグナル”で補われてなんとかまぶたが(正常レベルまで)持ち上がっていたのですね。

”収縮シグナル”が減ったために眼瞼挙筋の収縮量が減り、まぶたの下がりが顕在化したのです。

そこで左右差が逆転するのです。

指でまぶたを持ち上げただけでも観察される場合がある

Unmasking Ptosis in Both Eyes

(指でまぶたを持ち上げると、反対側のまぶたが下がります)

Sunil Kumar, F.R.C.S.Ophth., and Vijay K. Sharma, M.D. July 6, 2017 N Engl J Med 2017; 377:e1

あなたも試してみては?

シーソー現象を起こしたら、追加の治療を

反対側の眼瞼下垂を修復(挙筋腱膜修復)します。尚、シーソー現象が起こることを「ヘリングが起こる」などと表現することもあります。

注意:反対側の治療の結果、またシーソー現象が起こることもあります。実はまぶたを挙げろシグナルは0か1かではないのです。様々な程度に制御されているのです。ややこしいですね。

参考:ヘリングの法則(まぶたの場合)(こまちクリニック)

参考:ヘリングの法則・逆ヘリング|眼瞼下垂症(静岡厚生病院形成外科の日常)

関連記事:『眼瞼下垂症に左右差がある場合の治療の選択肢』

あらかじめ予測することはできるか?

指で持ち上げる、クリップでまぶたの挙上をアシストするなどシミュレーションするのも手。

しかし、術後の状態を完全に反映しているかといえばそうとも限らず。実際には手術をしてみないとわからないです。

シーソー現象を起こしたモデル患者さん

患者さん
左目が見えにくいので左目を手術してほしい!

まず左の手術

ヘリングの法則により、術後に逆転現象が起きることが当然予想されます。しかし、体力の適性も考慮して、まずは左目だけ眼瞼下垂症手術を行いました。

予想通りの結果です…シクシク…😭

患者さん
今度は右目が見えない…見た目もむしろ左右差が大きくなってひどい!

と若干お怒りのご様子…そりゃそうですよね。(もちろん術前に説明済みです)。

眼瞼下垂治療前後の写真。ヘリングが起きたために二度の手術を行ったのでした。
ヘリングが起きたために二度の手術を行ったのでした。

二回目は右目の手術。

再びヘリングの法則が生じて「右目が大きく、左目が小さい」というシナリオも予想されます。

手加減気味の挙筋腱膜の修復で、そのシナリオを回避しました。

モデル患者さん その2

右の眼瞼下垂。右のみの手術です。

当然左右差が逆転する可能性があります。その旨は十分にお話しし、理解納得いただいています。

術後、「左が重いです…」との訴え。やっぱり…😓

ヘリングの法則
右、そして左の順に手術

左の眉が上がり、左が辛そうですね。左の手術をしました。

ところで、

この患者さん、左右同時に手術をするという選択肢はなかったのでしょうか?

もちろん、ありました。しかし左右が逆転しない可能性もありました。

片方の手術で済めばそれがベスト。まずは低侵襲にかける。基本です。

「逆転したら左の治療を考えましょう」でいいと思います。

なお逆転しないように右の治療を控えめに仕上げるという手段もあります。当然それを意図することもあるのですが、残念なことに矯正が不十分になってしまうことも(関連記事:『眼瞼下垂手術後の修正手術の頻度は何%?』にて矯正が不十分だったケースを紹介しています)。

ダウンタイムを考慮し、左右同時に治療することを選択する場合も実際あります。関連記事:『眼瞼下垂症に左右差がある場合の治療の選択肢 片方だけ治療?それとも両側?』にて両側同時に眼瞼下垂手術をしたケースを紹介しています。

モデルさん その3

同じパターンです。シーソー現象を起こしました。

左右同時手術もありですが、シーソー現象のことをあらかじめ十分にご理解いただいた上で左まぶただけ手術を行いました。結果的に左右差が逆転し、右の治療をすることに。

このようにシーソー現象が起きたのを確認してから反対側の手術をするのもオススメです。

なぜならば患者さん自身がまぶたの生理学を深く理解し、納得できるからです。結果的に満足度が高くなります。

 

ヘリングの法則
ヘリングの法則によるシーソー現象
※眼瞼下垂症啓発目的に写真を使用することに同意いただきました。ご協力ありがとうございます😊
尚、当記事は特定の手術をプロモートするものではありません。まぶたの生理学を追究するものであり、いち形成外科医が考察する雑記であります。皆さんと情報を共有し、まぶたの真理を追究することが目的です。手術自体はリスク(出血、傷が残ること、左右差、違和感など)があり、慎重に検討されるべきです。

文献:

先天性の眼瞼下垂ではヘリングの法則は起こりにくい(後天性眼瞼下垂に比較して)。

◎The Impact of Hering’s Law in Blepharoptosis: Literature Review. Ann Plast Surg. 2016 Mar;76 Suppl 1:S96-100

◎Is Hering’s law as important in congenital blepharoptosis as in acquired ptosis?Aesthet Surg J. 2013 Nov 1;33(8):1110-5.

ミュラー筋短縮術は挙筋前転法よりもヘリングの法則の出現頻度は低かった。

◎The Effect of Hering’s Law on Different Ptosis Repair Methods. Aesthet Surg J. 2015 Sep;35(7):774-81.

「逆ヘリング現象」もある

「左右両方とも眼瞼下垂があり、重度な方を治療すると、もう片方が眼瞼下垂になる」

これがヘリングの法則によるシーソー現象。

でも逆の現象もあるのです。逆ヘリング現象と呼ぶこともありますが、要はヘリングの法則です。

「片方は眼瞼下垂で、もう片方は正常。すると正常の方の目の開きが大きくなり過ぎる」

というもの。効き目が眼瞼下垂になると起こりやすい現象かも。両まぶたに収縮シグナルが届いてしまい、正常な方が開き過ぎてしまうのですね。

この場合は、眼瞼下垂の方を修復すれば、もう片方のまぶたが下がり、ほぼ正常になります。ヘリングの法則を利用した手術です。

逆ヘリングのモデル患者さん

左の眼瞼下垂手術を他院で受けました。

結果的に右が下がってしまい、さらに手術を受けた左は「開き過ぎ」に。

右が下がった…これはヘリングの法則が発動したのですね。

では左の開き過ぎは??…これは右が下がりすぎたために、収縮シグナルが増え、大きくなってしまったと予想されます。

右の下垂手術を行いました。

逆ヘリングの法則
目が大きくなってしまうのものヘリングの法則

結果、左も程々に下がり、左右が揃いました。

つまり前医が行った挙筋前転の程度は、ほぼ適切だったということです。

挙上シグナル(収縮シグナル)が減ったり増えたり、忙しいですね。

まとめ

以上、

  • 眼瞼下垂治療後にはヘリングの法則が現れ、左右差が逆転する
  • ヘリングの法則が起こる原因
  • 実際のモデル症例

を提示しました。

さて、あなたは、

  • まぶたの開き加減に左右がありますか?
  • ウインクはできますか?
  • もし治療をするなら左右同時が良いですか?それとも下がっている方から手術しますか?

まぶたの治療は神経生理学なんですね😄

あとがき

あまりの暑さにまぶたがとろりと垂れ下がってくる今日この頃ですが、皆さんはいかがお過ごしですか?だるくなるとまぶたが下がりますよね〜。

 

参考

(1)The Impact of Hering’s Law in Blepharoptosis: Literature Review.Ann Plast Surg. 2016 Mar;76 Suppl 1:S96-100

追記

“Enhanced ptosis”という現象があります。これもヘリングの法則に基づくもの。

重症筋無力症による眼瞼下垂の患者さんによく見られるようです。

https://n.neurology.org/content/94/17/e1870

下垂しているまぶたを指で持ち上げると、リアルタイムに反対側のまぶたが下がります。

この現象は重症筋無力症でない人でも観察されますけどね。

 

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