「右の眼瞼下垂を修復したら左が下がった…」
まぶたを持ち上げる眼瞼挙筋は、左右が連動しています。そのメカニズムにより、思いもよらないシナリオが待ち受けます。ヘリングの法則とは?
5人のモデル患者さんと一緒にみてみましょう。
ヘリングの法則とは…
元々は眼科領域の言葉。Hering’s law.
両眼視ができるように、眼球運動(目玉の動き)を制御する『ヘリングの法則』が働いています。
視野の中で左のものに注視しようとしたら、左目は外直筋が収縮し、右目は内直筋が収縮します。そして眼球が左右とも左を向きます。このように同じタイミングで当程度のシグナルが大脳皮質から届きます。これをヘリングの法則と呼びます。
近くのものを視野の中心で捉えようとしたら共に内側を向くように眼球を向けます(寄り目)。
カメレオンと違い、右目と左目は独立しておらず、両目が同時にひとつのものをターゲットにして追いかけるようにできています。
このように、左右の眼球の運動は脳でコントロールされているんですね。
「ヘリングの法則が眼瞼挙筋にも適用できるよね」と報告されたのが1967年でした。文末参考(1)
眼瞼挙筋も(前頭筋も)左右で連動している
まぶたも左右連動します。大脳皮質からの収縮シグナル(まぶたを挙げろという指令)が、神経を通して右と左の両方の眼瞼挙筋に到達するのです。とっさに天井を見ようとした時、左右の眼球が上転します。その時、左右のまぶたも同時に挙上されます。
神経解剖・神経生理学
でもね。眼瞼挙筋は特殊なのです。左右の大脳皮質からの指令が中脳にある動眼神経核の尾側正中核(CCN:central caudal nucleus)に届きます。実はこれ、左右に分かれていないんですね。他の外眼筋の核は左右に分かれて仕事をしているのに、眼瞼挙筋を支配するルートだけ、ど真ん中から発せられます。つまり、左右それぞれの眼瞼挙筋の指令元が、左右に分かれていない共通の核なんです。
他の筋肉は右の大脳皮質と左の大脳皮質が、それぞれ左右の核に指令を出します。それで左右それぞれが仕事をします。例えると、父親(右脳)は息子を、母親(左脳)は娘をコントロールしています。分業です。(筋肉によっては父が娘に、母が息子に指令を出す。あるいは父親が二人の子供に、母親が二人の子供に指令を出す)ところが、眼瞼挙筋だけは親が二人おらず、単一のひとり親からコントロールを受けてるんですね。
だから、左右の眼瞼挙筋が同調して動きがちであるということ。
ちょっとややこしい話でした。
眼瞼下垂になると何が起こる?
まぶたが下がる(眼瞼下垂)と、「頑張ってまぶたを持ち上げるように!」と眼瞼挙筋の収縮シグナルが大脳から多く発さられるようになります。
その結果、左右両方の眼瞼挙筋に収縮シグナル(まぶたを挙げろという指令)がより多く届き、両方のまぶたをあげるチカラが強くなります。
もし片目の眼瞼下垂だったら
下がったまぶたをもとの大きさに引き上げようと、大脳からより多くの収縮シグナルが発せられます。このシグナルが左右のまぶたに同じ程度に届きます。つまりコレが、ヘリングの法則による調節が働いている状態。
下がった方も、下がっていない方(正常に見える方)も、頑張ってまぶたを持ち上げようとしている状況。(だから下がっていないほうが正常よりも目が大きくなることもあります。)
※とくに利き目の眼瞼下垂の場合に、多くのシグナルが発せられるとされています。文末参考(2)
片目の治療をして下垂が修復された場合に、シーソー現象が起こる(ように見える)
治療により、視野が広がります。その結果、”収縮シグナル”が左右同等に減るのです。「もう見えるようになったから頑張らなくていい」ということです。
その結果、反対側(治療をしていない、正常に見えた方)のまぶたが下がるのです。

”収縮シグナル”が減ったために眼瞼挙筋の収縮量が減り、まぶたの下がりが顕在化したのです。(反対側にも潜在的に眼瞼下垂症があり、”収縮シグナル”で補われてなんとかまぶたが(正常レベルまで)持ち上がっていたのですね。)
そこで、左右が逆転するのです。シーソー現象です。
正確に表現すると、もともと機能していたヘリングの法則による調節が「術後に減った」のです。だから「ヘリングが起きた」という表現は正確ではありません。もともとあったヘリングが減った(消失した)という表現のほうがどちらかといえば正しい…
指でまぶたを持ち上げただけでも観察される場合がある
(指でまぶたを持ち上げると、反対側のまぶたが下がります)
Sunil Kumar, F.R.C.S.Ophth., and Vijay K. Sharma, M.D. July 6, 2017 N Engl J Med 2017; 377:e1
あなたも試してみては?
重症筋無力症やニューロパチーの眼瞼下垂の場合、このシーソー現象が顕著に観察されます。片方のまぶたを持ち上げると反対側が完全に閉じてしまいます。
シーソー現象を起こしたら、追加の治療を
反対側の眼瞼下垂を修復(挙筋腱膜修復)します。
参考:ヘリングの法則・逆ヘリング|眼瞼下垂症(静岡厚生病院形成外科の日常)
あらかじめ予測することはできるか?
指で持ち上げる、クリップでまぶたの挙上をアシストするなど、シミュレーションするのも手。
しかし術後の状態を完全に反映しているかといえば、そうとも限らず。実際には手術をしてみないとわかりません。
実は眼輪筋、前頭筋も(ある程度は)左右が連動する
例えば前頭筋を考えます。
右下垂の人は右眉毛が上がりますよね。すると連動して左の眉毛も上がっている人がいます。さて、右の下垂を修復すると右眉が下がりますね。同時に左の眉も下がります。ここでヘリングの法則によるシーソー現象で左の眼瞼下垂が起こると、左の眉毛を上げようとする働きも同時に起こります。さあ、左の眉が上がるのでしょうか下がるのでしょうか?いったいどっち?
下げる力が勝つか?上げる力が勝つか?
答えは「上がるか、下がるか、不変」
つまりやってみないとわからない。
同じ考察が眼輪筋にも可能です。ですから不確定要素があまりに多いため、眉位置を予測することすらできないわけです。目の左右差を予測することは不可能であると断言できます。
シーソー現象を起こしたモデル患者さん
モデル患者さん その1
左目が見えにくいので左目を手術してほしい!とのこと。
まず左の手術
ヘリングの法則により、術後に逆転現象が起きることが当然予想されます。しかし、体力の適性も考慮して、まずは左目だけ眼瞼下垂症手術を行いました。
予想通りの結果です…シクシク…😭
今度は右目が見えない…見た目もむしろ左右差が大きくなってひどい!と。。。
と若干お怒りのご様子…そりゃそうですよね。(もちろん術前に説明済みです)。

二回目は右目の手術。
再びヘリングの法則によるシーソー現象がおきて「右目が大きく、左目が小さい」というシナリオも予想されます。
手加減気味の挙筋腱膜の修復で、そのシナリオを回避しました。
モデル患者さん その2
右の眼瞼下垂。右のみの手術です。
当然左右差が逆転する可能性があります。その旨は十分にお話しし、理解納得いただいています。
術後、「左が重いです…」との訴え。やっぱり…😓

左の眉が上がり、左が辛そうですね。左の手術をしました。
ところで、
この患者さん、左右同時に手術をするという選択肢はなかったのでしょうか?
もちろん、ありました。ところが一方、左右が逆転しない可能性もありました。
片方の手術で済めばそれがベスト。まずは低侵襲にかける。これが基本です。
「逆転したら左の治療を考えましょう」でいいでしょう。
なお逆転しないように右の治療を控えめに仕上げるという手段もあります。当然それを意図することもあるのですが、残念なことに矯正が不十分になってしまうことも(関連記事:『眼瞼下垂手術後の修正手術の頻度は何%?』にて矯正が不十分だったケースを紹介しています)。
ダウンタイムを考慮し、左右同時に治療することを選択する場合も実際あります。関連記事:『眼瞼下垂症に左右差がある場合の治療の選択肢 片方だけ治療?それとも両側?』にて両側同時に眼瞼下垂手術をしたケースを紹介しています。
モデルさん その3
同じパターンです。シーソー現象を起こしました。
左右同時手術もありですが、シーソー現象のことをあらかじめ十分にご理解いただいた上で、左まぶただけ手術を行いました。結果的に左右差が逆転し、右の治療をすることに。
このようにシーソー現象が起きたのを確認してから、反対側の手術をするのもオススメです。
なぜならば、患者さん自身がまぶたの生理学を深く理解し、納得できるからです。結果的に満足度が高くなります。

※眼瞼下垂症啓発目的に写真を使用することに同意いただきました。ご協力ありがとうございます😊
尚、当記事は特定の手術をプロモートするものではありません。まぶたの生理学を追究するものであり、いち形成外科医が考察する雑記であります。皆さんと情報を共有し、まぶたの真理を追究することが目的です。手術自体はリスク(出血、傷が残ること、左右差、違和感など)があり、慎重に検討されるべきです。
文献
先天性の眼瞼下垂ではヘリングの法則によるシーソー現象は起こりにくい(後天性眼瞼下垂に比較して)。
◎The Impact of Hering’s Law in Blepharoptosis: Literature Review. Ann Plast Surg. 2016 Mar;76 Suppl 1:S96-100
◎Is Hering’s law as important in congenital blepharoptosis as in acquired ptosis?Aesthet Surg J. 2013 Nov 1;33(8):1110-5.
ミュラー筋短縮術は挙筋前転法よりもヘリングの法則による影響の出現頻度は低かった。
◎The Effect of Hering’s Law on Different Ptosis Repair Methods. Aesthet Surg J. 2015 Sep;35(7):774-81.
「逆ヘリング現象」?
「左右両方とも眼瞼下垂があり、重度な方を治療すると、もう片方が眼瞼下垂になる」
これはヘリングの法則によるシーソー現象として有名なのはわかりますよね。
でも逆(っぽい)の現象もあるのです。逆ヘリング現象と呼ぶこともありますが、つまりはヘリングの法則です。
「片方は眼瞼下垂で、もう片方は正常。すると正常の方の目の開きが大きくなり過ぎる」
というもの。両まぶたに収縮シグナルが届いてしまい、正常な方が開き過ぎてしまうのですね。つまり正常な方がギョロ目になっているパターンはシーソー現象によりおきているわけ。ヘリングと聞くとまぶたが下がる現象がイメージされやすいですが、目が大きくなる現象もあるのです。
この場合は眼瞼下垂の方を修復すれば、もう片方のまぶたが下がり、ほぼ正常になります。ヘリングの法則を利用した手術です。
インフルエンサーさん
ボトックスによる眼瞼下垂をおこしたインフルエンサーWhitney Buhaさん。一時的(およそ一ヶ月程度)に眼瞼挙筋が麻痺して眼瞼下垂になります。その結果反対側が開き過ぎになります。
右が下がりすぎたのでヘリングの法則による調節が強く発動。結果左が開きすぎます。

費用と合併症
【眼瞼下垂手術費用の目安(両目)】 ・保険適用:1〜5万円程度 ・自費診療:35〜77万円程度
【眼瞼下垂手術のリスク・合併症】 ⚠️ 短期:腫れ / 出血 / 感染 / 傷の離開 / 閉瞼不全 / 視力変化 / 左右差 ⚠️ 長期:眼脂・涙の増加 / 眩しさ / 赤み / 稗粒腫 / 糸の露出 / 違和感 / 瘢痕 / 低・過矯正 ⚠️ 仕上がり:眉毛下垂 / 顔貌の変化 / 再発 / 眼瞼けいれん
まとめ
以上、
- 眼瞼下垂治療後にはヘリングの法則によるシーソー現象が現れ、左右差が逆転する
- ヘリングの法則によるシーソー現象が起こる原因
- 実際のモデル症例
を提示しました。
さてあなたは、
- まぶたの開き加減に左右差がありますか?ヘリングの法則を実感できますか?
- ウインクはできますか?目を左右分離して動かすことができますか?
- もし治療をするなら左右同時が良いですか?それとも下がっている方から手術しますか?
まぶたの治療は神経生理学なんですね😄
参考
(1)Gay AJ, Salmon ML, Windsor CE. Hering’s law, the levators, and their relationship in disease states. Arch Ophthalmol. 1967;77(2):157-160.
https://morancore.utah.edu/section-07-orbit-eyelids-and-lacrimal-system/asymmetric-ptosis-herings-law/
追記
“Enhanced ptosis”という現象があります。これもヘリングの法則に基づくもの。
重症筋無力症による眼瞼下垂の患者さんによく見られるようです。
https://n.neurology.org/content/94/17/e1870
下垂しているまぶたを指で持ち上げると、リアルタイムに反対側のまぶたが下がります。
この現象は重症筋無力症でない人でも観察されますけどね。
玄人むけ追記
「左右同程度にシグナルが届く」
このフレーズ、神経生理学を理解するために、相当単純化されたモデルであると理解する必要があります。臨床の現場ではシーソー現象をまったく起こさない人もいます。あるいは、シーソー現象が起きたのに、3ヶ月程度で左右が勝手に揃ってくることもあります。
現実には目の開きに応じて、視覚入力も変化、眼輪筋や前頭筋のトーヌス(緊張)も変化します。するとそれに応じた組織のリモデリングと神経系の再調整が起こると予想されます。まぶたの開きのバランスはそれらの合算の表現系なんですね。
なのでヘリングの法則はシーソー現象の説明としてはわかりやすいですが、現実はもっと複雑でございます。

