「胸の手術をしたらまぶたが片方だけ下がってしまいました。これって治せるのでしょうか?担当医に相談しても反応がいまひとつ得られないのです 😥」
ホルネル症候群の眼瞼下垂に対する治療
ホルネル症候群(Horner’s syndrome)は、首の交感神経の経路が遮断されて起こる病態です。症状は、遮断された側(右もしくは左)の
- 眼瞼下垂
- 瞳孔が小さい
- 顔の発汗が少ない
- 下まぶたが挙上する
- 眼球が落ち窪む
です。胸や首の手術で発症することが多いようです。交感神経は体の臓器に指令を伝える自律神経です。その神経が麻痺するのです。

患者さんは「まぶたが下がる」ということを訴えます。罹患した側の肩こりを訴える人もいます。
なぜ眼瞼下垂になるのか?
まぶたを持ち上げる筋肉のひとつ、ミュラー筋が動かなくなります。ミュラー筋は交感神経の司令で収縮します。その交感神経が麻痺するので、ミュラー筋が動かなくなります。ミュラー筋はセンサーとしての機能もあり、眼瞼挙筋を収縮させるシグナルを作ります。この機械受容器としての機能は、ホルネル症候群でも生きています。もう少し踏み込んだ神経生理学はこの記事(『ホルネル症候群のまぶたに起きていること』)を参照してください。
ホルネル症候群の治療は?
残念ならが遮断された交感神経はもとに戻りません。つまり首から上の交感神経の機能は麻痺したままなので、ホルネル症候群そのものを根治する治療方法はありません。しかし「眼瞼下垂」の手術治療だけは可能です。
眼瞼下垂の治療
いわゆる「挙筋前転法」を行います。ミュラー筋の(機械的刺激に対する)感度も復活し、まぶたが上がりやすくなります。
参考)
◎Scand J Plast Reconstr Surg Hand Surg. 2003;37(2):81-9.
Restoration of involuntary tonic contraction of the levator muscle in patients with aponeurotic blepharoptosis or Horner syndrome by aponeurotic advancement using the orbital septum.
Matsuo K.
筆者金沢が担当しているのは10人のホルネル症候群の下垂患者さん
- 縦隔の手術後 5人 (うち内視鏡2人)
- 首の手術後 4人
- 原因不明 1人
眼瞼挙筋は健康そのもので、よく動きます。手術は有効です。
定型的な腱膜性眼瞼下垂症の手術との違い
ただし注意点がひとつ。手術中に揃った状態で仕上げると、術後にやや低矯正気味(上げ足りない状態)に終わってしまう傾向があります。エピネフリン(局所麻酔薬に添加されている血管収縮薬)に対する感受性が大きいため、その瞬間だけ挙筋(とミュラー筋)機能が改善しているからだと考えます。その点において、まだ結果が不安定です。再手術で調整することも念頭に入れたほうが良いでしょう。
ホルネル症候群の治療を行ったモデル患者さん
冒頭に掲載した患者さんです(以前の記事でも紹介)。特に特殊な処置はしていません。普通の眼瞼下垂症手術です。

- 年齢:**
- 性:男性
- 手術:右側の挙筋腱膜修復術
- 皮膚切除:なし
- 脂肪切除:なし
- lateral horn リリース:half
- 下位横走靭帯:細い靱帯リリース
- 挙筋腱膜の滑り:0 1(2)3 4
- 挙筋前転:微量
- ミュラー筋処理:なし
- 手術時間:23分
モデルさん2
首の手術後です。自分でホルネル症候群というキーワードにたどり着きました。

左の挙上を補いました。結果右が下がったの分かりますか?ここでもシーソー現象が起きています。ヘリングの法則が機能していた証左ですね。
関連記事:『片方の眼瞼下垂症手術。ヘリングの法則によるシーソー現象を予見することが大事』
なお、本記事は特定の手術手技をオススメするものではありません。手術そのものはリスク(傷が残る、違和感、出血、左右差など)があります。慎重にご検討ください。
眼瞼下垂症啓発目的の写真・動画使用に承諾頂きました。ありがとうございます。(埼玉県の患者様)
参考
◎Kanagalingam S, Miller NR. Horner syndrome: clinical perspectives. Eye Brain. 2015 Apr 10;7:35-46. doi: 10.2147/EB.S63633. PMID: 28539793; PMCID: PMC5398733.
◎Yoo YJ, Yang HK, Hwang JM. Efficacy of digital pupillometry for diagnosis of Horner syndrome. PLoS One. 2017 Jun 2;12(6):e0178361. doi: 10.1371/journal.pone.0178361. PMID: 28575101; PMCID: PMC5456040.
あとがき
ホルネル症候群の患者さんはどのくらい日本におられるのだろう?私に会いに来てくれた患者さんたちが言うのは、首や胸の手術を担当した医師はホルネル症候群の事をほとんど気にかけてくれなかったというのです。おそらく、医師の認知度も低いのではないでしょうか?
実際まぶたが少し下がる程度では「命にかかわらない」という意味では担当医にとっての優先度は低いかもしれませんね。ホルネル症候群の文献をあたっても「眼瞼下垂の治療」を扱う記事がないのです。
したがって、患者さんにとっては「ホルネル症候群」「Horner症候群」というキーワードにすらたどり着かない人が多いのでは?と察します。
僕らが頸部や胸部の手術をする医師たちに啓発しなければいけませんね。