まぶたが下がると筋肉が緊張し、交感神経が興奮します。そう、カラダが眼瞼下垂に対して反応するのです。その反応は無意識に起きています。どのようなメカニズムになっているのでしょう?20年前の医師たちはその生理学に対してほとんど無知だったのです。
まぶたの解剖、動き方、眼瞼下垂のメカニズム、まぶたの感覚について解説します。実はまぶたの内部にあるこの感覚が重要な役割を果たしています。
眼瞼下垂症を機能解剖、神経生理学から見ましょう
何がまぶたが持ち上げているの?正常な解剖と生理学
まぶたを持ち上げる筋肉を眼瞼挙筋(がんけんきょきん)といいます。眼瞼挙筋は眼窩(眼球が収まっているソケット状の構造)の奥から、眼球の上をグルリと回り込んでまぶたの縁(ふち)につながります。(図1,2)



出典:『BEARD’S PTOSIS 眼瞼下垂』メディカル葵出版

出典:『BEARD’S PTOSIS 眼瞼下垂』メディカル葵出版
眼瞼挙筋は、遠位部(まぶた近く)で「茶色の筋肉成分」から「白いシート状の腱成分」になります(図3参照)。これを挙筋腱膜(きょきんけんまく)と言います。
この挙筋腱膜がまぶたのフチに連結しています。眼瞼挙筋がぎゅっと縮むと、眼瞼挙筋腱膜(図2の②,図AのJ)を通してまぶたの縁にチカラが伝わり、まぶたがエイっとひっぱり持ち上げられるのですね。言い換えると、まぶたは眼瞼挙筋にぶらーんとぶら下がっているのです。
一方、眼瞼挙筋腱膜はもともとルーズな構造をしています。つながりかたに滑り(あそび)があります。眼瞼挙筋がギュッと収縮しても、すぐにまぶたが持ち上がるのではなく、少し遅れてまぶたが持ち上がります。


眼瞼下垂の病理
眼瞼下垂症とは、まぶたが下がる病態を指します。
歳をとって年月が経過すると挙筋腱膜が劣化し、伸びてしまいます。さらに腱膜の劣化が進行すると、まぶたの縁にある瞼板(けんばん)から挙筋腱膜がはずれていきます。「蝶々結び」がほどけていくのです。
その結果、眼瞼挙筋の力が伝わりにくくなり、まぶたが持ち上がりにくくなります。
この病態を「腱膜性(けんまくせい)眼瞼下垂症(がんけんかすいしょう)」といいます。

老化と物理的刺激(まぶたをこするなど)による、まぶたの構造的な破綻現象です。
眼瞼下垂症の初期は眉を挙げ(おでこにしわを寄せて)、ミュラー筋を動員し、眼瞼挙筋を過収縮させてまぶたを持ち上げます(代償期)。カラダの予備力でまぶたをあげている状態です。

さらに病態が進行するとまぶたがもっと下がり、視野をさえぎるように(非代償期)なってきます。予備力の限界を超えた状態です。
- 代償期:まだ視野が狭くない。不顕性。
- 非代償期:視野が狭くなった状態。
代償期は腱膜のみの破綻現象。非代償期は腱膜の破綻に加えて、ミュラー筋の機能も破綻しています。厳密には「非代償期」は「腱膜性眼瞼下垂症」と表現するには言葉足らずかもしれません。
※症候性眼瞼下垂症というのもある
腱膜性眼瞼下垂症とは異なり、病気で眼瞼下垂になることがあります。眼瞼挙筋が病的にチカラが弱り、まぶたが下がります。眼瞼下垂の分類を参照
- 筋原性疾患:重症筋無力症、ミトコンドリア脳筋症、筋ジストロフィーなど
- 動眼神経麻痺:脳血管障害、脳腫瘍、ウィルス感染症など
- 神経変性疾患:ニューロパチー、
などです。生まれつきにまぶたの動きが弱い場合を先天性眼瞼下垂症(関連記事)とよびます。
眼瞼下垂と少しややこしい神経生理学
上まぶたへの負荷に対する反射のメカニズム
まぶたの重さを感知するセンサー(固有知覚の受容体)(関連記事)が眼瞼挙筋腱膜の裏(結膜側)にあります。ミュラー筋(Müller’s muscle)(関連記事)の中にあり、筋紡錘(注1)を持たない眼瞼挙筋の、筋紡錘としての役割を担っています(図2の③)。
ヒトが開瞼(まぶたを開く)するときには、眼瞼挙筋の速筋がミュラー筋を引っ張り、センサーを刺激します。ミュラー筋センサーに生じたシグナルが脳幹を介して眼瞼挙筋の遅筋(注2)を収縮させ、開瞼を維持(まぶたを開け続ける)します。これは極めて合理的なシステムです。関連記事:『眼瞼下垂症に対する腱膜修復で眼瞼挙筋の収縮能力が復活するという学術論文』

加齢などにより挙筋腱膜が緩んでくると、ミュラー筋にかかる伸展ストレスが大きくなります。今まで挙筋腱膜とミュラー筋でまぶたの重さを分担していたのに、挙筋腱膜が働かなくなってしまい、ミュラー筋がその重みを担うことになるのです。ミュラー筋からの信号が脳幹を介して前頭後頭筋を収縮させます。そのために眉が上がり、肩こり・筋緊張性頭痛がおきます。これも無意識に起こるのです。
また、ミュラー筋からの信号は青斑核(注3)を介して交感神経を刺激(関連記事)します。さらに、まぶたを持ち上げるためにミュラー筋自体を収縮させようと歯をかみしめて歯根膜(交感神経スイッチ)を刺激し、交感神経を賦活します。なぜなら、ミュラー筋は交感神経支配の筋肉だからです。これらのことが慢性の交感神経刺激症状(不安障害、めまい、睡眠障害)を引き起こすと考えられています。(『まぶたで健康革命』より)
腱膜性眼瞼下垂が進行すると、眼瞼挙筋のチカラに頼れなくなります。それを補うべく、前頭筋やミュラー筋の力に依存する、生体のバックアップ機構(代償機構)が働くわけですね。
※生まれつき目の細い、いわゆる東洋人らしい目つきをした人は開瞼抵抗(注4)が強く発達しています。まぶたを持ち上げための負担が大きく、若い時から症状が出現する傾向があります。
注1)筋紡錘:筋肉の伸びを感じるセンサー。たとえば膝蓋腱反射はこれを刺激することにより起こる。
注2)速筋、遅筋:速筋に対して遅筋は疲れない筋肉。赤身の魚は遅筋優位。
注3)青斑核:ノルアドレナリンを放出する、いわゆるアクセル役。中枢の交感神経。
注4)開瞼抵抗:眼輪筋、眼輪筋下脂肪(隔膜前脂肪)、横方向の各種靭帯(下位横走靭帯)や眼窩隔膜、挙筋腱膜自体の横方向の緊張など。瞼を開けるための拮抗成分。挙筋の運動をアクセルとすると、開瞼抵抗はサイドブレーキ役。
参考文献:
腱膜性眼瞼下垂の原因、病因について。
おでこジワを作る、前頭後頭筋の収縮の病因と外科的治療。
眼瞼下垂症患者の,「前頭後頭筋の収縮が原因の筋緊張性頭痛」が、ミュラー筋の感度を下げることにより改善する。ミュラー筋の感度を下げたら、前頭後頭筋が緩み、ミュラー筋を引っ張ったら前頭後頭筋が緊張する。
成長期の子供に見られる、眼瞼挙筋が瞼板から外れてくる現象。
ミュラー筋を引っ張ると眼瞼挙筋が収縮する。
腱膜性眼瞼下垂やホルネル症候群の治療をすると眼瞼挙筋の収縮が回復する。
ミュラー筋の支配神経は眼瞼挙筋の動きに関わる。手術でミュラー筋を傷つけないこと。
◎Yuzuriha S, et al. (2009) Refined distribution of myelinated trigeminal proprioceptive nerve fibres in Müller’s muscle as the mechanoreceptors to induce involuntary reflex contraction of the levator and frontalis muscles. J Plast Reconstr Aesthet Surg 62: 1403–1410.
ミュラー筋の三叉神経固有知覚が眼瞼挙筋と前頭筋の不随意的な反射的収縮をもたらす。
◎Eyelid Opening with Trigeminal Proprioceptive Activation Regulates a Brainstem Arousal Mechanism.
Matsuo K, Ban R, Hama Y, Yuzuriha S. PLoS One. 2015 Aug 5;10(8)
まぶたを開くと三叉神経固有知覚を通して脳幹の覚醒を調節する。
まぶた手術が頭痛を改善した。
抵抗成分である下位横走靭帯がまぶたの動きを邪魔する。ふたえの折れ方に影響する。
◎宇津木龍一ら, 腱膜性眼瞼下垂手術後の頭痛・肩こりの改善効果について,神経眼科 26(1): 45-49, 2009.
頭痛は87%、肩こりは35〜83%が改善した。
どうして眼瞼下垂症になるの?
挙筋腱膜の遠位端(端っこ、まぶたのまつげの近く)は瞼板と瞼板前(あたりの)皮膚と眼輪筋につながります。一方、眼瞼挙筋腱膜はもともとルーズな構造をしていましたね。つながりかたに滑り(あそび)があります。眼瞼挙筋がギュッと収縮しても、すぐにまぶたが持ち上がるのではなく、少し遅れてまぶたが持ち上がります。さらに、その連結が「蝶々結び」ですから、以下の要因で眼瞼下垂が進行してしまうのです。
- コンタクトレンズ長期着用 関連記事:『コンタクトレンズが眼瞼下垂を進行させる6つの要因』
- 花粉症やアトピー性皮膚炎などのアレルギーでまぶたを擦る癖 関連記事:『アトピー性皮膚炎で眼瞼下垂症になるの🤔?対処法は?』
- 化粧をする習慣 関連記事:『間違ったメーク落としをしていませんか?それがまぶたのたるみ(眼瞼下垂)を加速します』
- まぶたの手術(ものもらいの切開、白内障手術) 関連記事:『白内障手術と眼瞼下垂手術どちらを先にする?』
- まぶたの怪我
さらに、加齢により挙筋腱膜が劣化して眼瞼下垂は進行します。
終わりに
今回は少々長くなりました。しかし、基礎知識を持つと予防や進行させない工夫もできるようになると思いませんか?一番大事なのは予防ですよ。